水曜日

いつもは脱衣所で昭和歌謡とか純烈(たぶん)とかが流れている、行きつけの銭湯。そのスピーカーが今日は浴室に移動していて、なぜかインストのハワイアンが流れていた。

天然リバーブの深くかかった陽気なBGMに耳を傾けてお湯に浸かっていると、全く南国感の無い銭湯の内装とのミスマッチがなんだかこの世のものとは思えず、段々と、くたびれたオジサンだけが辿り着く楽園に迷い込んでしまったのではないか、と錯覚してくる。いや、錯覚ではなく、実際に楽園なのだ。

何十年も迷い込んだまま抜け出せないのであろう、この異世界に慣れた様子で風呂に入っているお爺さんも何人かいる。このまま自分も帰れなくなってしまったら、どうしよう。それはそれで幸せだろうか……。

風呂から上がると、銭湯のご主人が掃除をしていた。BGMが良かった旨を伝えようと思ったら、なぜかアガって「ハワイわンも良いですね」と噛んでしまい、恥ずかしさで現実にキュッと引き戻された。

明日も仕事だ。

月曜日

コロナ禍になってから、ライブに行かないのでお酒を飲まなくなった。気が付いたら、お酒を飲むとすぐに気持ち悪くなるようになってしまい、大好きだったビールもただの苦い泡汁になってしまった。

そんなわけで、タモリのCMを観ても、松たか子のCMを観ても、お酒を飲みたいとも思わず、ああ自分は飲酒欲とは無縁になったのだと思っていた。

今日TVerで、『スナック キズツキ』という、つまらなくはない、むしろちょっと面白い、でも(タイトルと反して)心を揺さぶられる感じでもない、というちょうど良い感じのドラマを観ていた。その舞台は、お酒を出さないという不思議なスナック。そしたら、本麒麟を飲むタモリには掻き立てられなかった飲酒欲が、「酒の不存在」という描写によってなぜか急に湧き上がってきた。

うーーーん!お酒が飲みたい!!

ほろ酔いでライブを観たい!ライブの打ち上げでしこたま飲んで醜態を晒したい!いや晒したくない!!

いやはや、しかしなぜ、1年半もお酒をほぼ飲まずにやってこれたのか?と考えると、お酒を飲めないストレスと、職場の宴会が無いノンストレスが、ちょうどトントンくらいだったんだな、という結論に達した。

早く終わってくれ、コロナ禍!続いてくれ、職場の宴会非開催ムード!

(特に面白みの無い日記で恐縮です。)

日曜日

金魚が死んだ。

同居人が用事に出掛ける直前に死んでしまっていたけれど、化粧が崩れると良くないから、言わずに帰りを待った。その間、何回見てもやっぱりエラを動かさずに横たわっているだけだし、少しずつ臭いが強くなっていった。それで毎回「ああ、確かに死んでいるんだ」と思ったけれど、なぜかあまり実感は湧かなかった。

夕方に同居人が帰ったので駅まで迎えに行き、駅前のスーパーの文具コーナーで、金魚に似合う可愛い和柄の折り紙を買って家に帰った。それで小さな箱を折って棺にした。彼女は箱本体を、僕は蓋を作った。

ティッシュペーパーを丁寧に折って箱に敷き、金魚を横たえた。折り紙の箱にちょうどぴったり収まる、まだ小さな幼い金魚だった。その上にまた丁寧に折ったティッシュペーパーを被せて、蓋をし、手を合わせて目を閉じた。

しばらく言葉が出なかった。色々なことを思い返して、その内、この金魚との最初の出会いまで記憶を遡った。そこでふと思った。

そうだ、大丈夫じゃないか。またデパートの屋上の金魚屋さんに行って、生け簀の上で人差し指を振れば、きっとまたこの子が「僕を連れて帰ってよ!」とスイスイ寄ってきてくれる。そしたら、「久しぶりだね!この前は病気を治せずにごめんね」と言って、同じように買って帰れば良いんだ。

それが、絶対に叶わぬ妄想だとすぐに気が付いてしまい、途端に死の実感が湧いて、涙が止まらなくなった。どうしようもないくらい止まらなくなった。たった2週間しか一緒に居られなかった。はたから見ればたかが金魚、たかが2週間、かもしれないが、僕たちには思い出がたくさんあった。

本やネットで調べながら探り探り世話をしたから、その中で金魚に負担をかけてしまったかもしれないと後悔した。もっと早く病気に気が付けていたら、もっと別の薬を使っていたら。うちに来なければ、もっと長生きできたのかもしれない。自分を責めながら、ひとしきり泣いた。

このままずっと泣いていても仕方ないと思い、金魚の世話の道具を片付け始めた。つい数日前までここで元気いっぱいに愛想を振り撒いていたレトロな花柄の大きなガラスボウルを綺麗に洗って、いつもの場所に置いて、真ん中に折り紙の棺をちょこんと置いた。そうしたら、あの子が居るみたいに感じられるかなと思ったのだけれど、全然違かった。棺は手に持つと、何も入っていないみたいに軽かった。

今は、公園に埋めたりするのはマナー違反ということらしい。次の燃えるゴミの日まで、こうしておくことにした。

 

たつろう、どうか天国でも元気に泳ぎ回って、美味しいご飯をたくさん食べられますように。楽しい時間をたくさんありがとう。

土曜日

寝る前に窓を開けたら満月で明るく、ちょうど良い気温と夜風。立体的な入道雲が、月明かりにドーンと映える。

これが夏の醍醐味だな、と思いながらベランダに出てぼーっとしていたら、大学生時代の恥ずかしかったこと、しんどかったことを順々に思い出していく時間になってしまった。

耳元で蚊がプーンと鳴ったので、そそくさと部屋に戻って窓を閉めた。

火曜日

『俺の家の話』最終話をようやく観た。

久しぶりに鼻水が出るくらいにボロボロ泣いてしまった。

僕の父はちょうど長瀬みたいに大きくて、ちょうど40代で亡くなったから、重ねながら観てしまったのだと思う。

父が死んで暫くの間は、ドラマのように姿こそ見えなかったけれど、家の中では父の仕業としか思えないようなことがよく起こって、その度家族で「パパがいるね」という話をしていたことを思い出した。不思議な話だけど、大人になった今も、というか大人になって尚更、やっぱりあれは父がそこに居たんだとしか思えない。その父の見えない影に、当時の家族がどれだけ救われたことかと思い返す。と同時に、そうやって、その先20年も抜け出せない沼にずぶずぶとはまっていったのかもしれない、とも思う。

最近父のことを思い出すことが多い。

それは、20年経って母がようやく立ち直り、父のことを普通に話すようになったからだと思う。それまでは、母と同じく僕も、わざわざ考えない、わざわざ口にしないようにしていた気がする。母に気を遣っていた部分もあるかもしれない。

今は、父のことも含めてちゃんと自分のアイデンティティだと思えるし、逆にわざわざ避けるようなことじゃないと感じるようになった。

ドラマみたいにきれいな話ではないから、話のまとめ方が分からなくなった。終わり。

火曜日〜木曜日

1日目

緊張しながら病棟へ。着替えずにベッドに入るのも変だなと思い、所在無くそわそわしていると、今日の昼の担当の看護師さんが来て、病室や共用設備を案内してくれた。かわいい人でテンションが少し上がった。自分が世話してもらう側なのに完全に余計なお世話とは分かりつつ、「かなり痩せているけど仕事大変なのかな」とか勝手に想像する。看護師になった高校の同級生(高校の軽音部で組んでいたバンドのボーカルの当時の彼女)も、いつもTwitterでしんどそうにしている。軽い病気の自分は極力迷惑をかけないようにしようと思う。

勇気を出して隣のベッドの患者さんにも声を掛けて挨拶。優しそうなおじさんで、こんな冴えない若輩者相手でもとても丁寧に対応してくれた。ずっとこの人が隣なら安心だと思ったけれど、明日朝退院するとのこと。

12時に昼食。全体的に味が薄くて食感はベチャベチャ。やっぱり瀬戸風味を持ってくれば良かった。

食べ終わった食器をどうしたらいいのか分からず廊下でボケーっとしていたら、隣のベッドの患者さんがわざわざ声を掛けてくれて教えてくれた。去り際、「何でも聞いてくださいね」。親切すぎる!迷ったけれどやっぱり始めに挨拶しておいて良かった。

持参していたSwitchでスーパーマリオ64(父が生前やっていたのが懐かしい。DS版もやった。自分的にはマリオと言えばこれ!)をやって暇潰ししていたら、お医者さんに呼ばれて、手術の説明を受ける。先日外来で診察してくれた先生とは違う先生で、明日も執刀を担当してくれるとのこと。ゆっくりしっかり説明してくれて、安心。最後に、「それじゃ、明日は頑張ろうね」。僕は頑張ること何もなくてただ寝てれば良いだけなのに、お優しい。よろしくお願いします。

病棟に戻り、シャワー室で剃毛。患部に陰毛の端くれが生えているため。アシンメトリーの、間抜けでかわいいアンダーヘアースタイルになった。しばらく風呂に入れないかもしれないから、頭と身体も念入りに洗った。

病室で、5時に夢中!ふかわりょうMC最終日を感慨深く観る。就職してからゴジムはほとんど観られていなかったけれど、入院のお陰で観られて嬉しい。

夕食後、量が足りないので売店でチョコもなかジャンボを購入。ニコニコで食べ切った後、手術前の注意書きに「夕食後のアイスは控えること」と書いてあることに気が付き、焦ってナースステーションに「すみません、アイス、食べちゃいました」とアホみたいな報告。「迷惑をかけないようにしよう」という誓いは初日にして儚く砕け散った。(結局食べても大丈夫だった。)

引き続きマリオ64をプレイしたりテレビを観たりしながら過ごし、radikoでオードリーのANNを聞きながら就寝。

 

2日目

起き抜け、まだ若干寝ぼけたまま歩いて手術室へ。担当の先生は、昨日はにこやかだったけれど、今日は口数少なく笑顔無し。不機嫌かな?大丈夫かな?と少し心配に。

手の甲に点滴、脚にマッサージ機(エコノミー症候群防止用らしい)、おでこになんかチクチクする測定機器、口に全身麻酔のマスクを付けられ、3回深呼吸したところから、パッタリ記憶が無い。

「終わりましたよー」みたいなことを言われて目を覚まし、手術室にいる間にお礼を伝えなきゃと思って、朦朧としたまま急いで「ありがとうございました」とか「快適に過ごせました」とか言ったような気がする。前者は良いけど、後者はちょっと変だったかもしれない、と後から思った。全身麻酔は、休みの日に二度寝して意識が薄らいでいくような心地良いまどろみを想像していたけれど、気持ち良くも悪くもなく(どちらかというと悪い感じで)、ただ意識が無くなるだけ、と言う感じだった。

気が付いたらまた病室に戻っていた。身体は起こせないけれど手は動かせたので、radiko空気階段の踊り場と三四郎のANNを聞く。三四郎のANNはたまに聞くといつも何を話しているのか良く分からないけれど、今日は全身麻酔が抜け切っていないので、尚更分からない。店長のタートルトーク(蒙古タンメン中本のテーマパークにあるアトラクション)、というフレーズだけはふふっと笑って、「あ、笑えるくらいには元気だな」と分かった。

意識が段々はっきりしてくるにつれ、ふんどし型の手術用下着から金玉がはみ出ていることが気になって来たけれど、掛け布団の下には色々と管とかケーブルとかが通っていて、上体を起こせるようになるまでは直せそうになくもどかしい。そういえば、隣のベッドのおじさんはもう退院したみたい。ちゃんと挨拶したかったな。

しばらくしてだいぶ動けるようになり、金玉も無事収納し、看護師さんと歩行訓練。少し怠いくらいで、特段問題無し。いつもの出勤時に比べれば足取りは軽やかなくらい。病棟を一周して、「あとは自由に動いて良いですよ」と言われた。特にすることもないけど、嬉しい。

体内時計を正そうと病棟のラウンジで日の光に当たっていると、看護師さんが点滴の交換に来てくれて、次いで先生がふらっと来て、君付けでにこやかに呼びかけてくれた。手術室でのピリッとした雰囲気は、単に集中していただけだったみたい。入院前にネットで見た情報だと「簡単な手術なので、研修医が執刀することも多い」と書いてあったけれど、そんな簡単な手術でもあんなに集中して臨んでくれていたんだな、と思い、プロフェッショナルを感じた。

手の甲に点滴が入っているのでマリオ64ができず、ラウンジでミツメの新譜を聴いて過ごす。手持ち無沙汰なので、窓の外を行き交う人々を観察。人間観察をしているといつも、前略プロフィールにおける「趣味:人間観察」というアンニュイぶりっ子が何となくかっこよく思えたのは何だったんだろう、と思う。でも、日記を(普段は)ですます調で書いてる辺り、僕のアンニュイぶりっ子はまだまだ抜けていないのかもしれない。ダサいのでやめたい。クソ。……やることがないからネガティブ思考に陥ってしまった。

桃鉄なら片手で遊べることが気が付き、黙々とプレイしていると夕食の時間に。食べ終わって点滴が抜かれると、急に身体が怠くなって、動いたりゲームをするのが面倒になった。テレビを観たりぼーっとしたりして時間を潰し、就寝。大部屋を貸切状態だったので、比較的よく眠れた。

 

3日目

起きてから頭が痛く、調子が出ない。だけど、昨日売店で買っておいたのりたまを朝食のご飯にかけたら、爆裂にうまい。のりたま最高!のりたま爆裂!と一時的にテンションがあがり、さらに今日の昼担当の看護師さんが初日のかわいい看護師さんでもういっちょテンション上がり、よっしゃ!と気合いだけ入るも、やっぱり頭が痛くて、身体も怠く、寝る以外何もできない。少し寝た後、頭痛が強くなってきたので、躊躇いつつナースコールをしてロキソニンを貰い、少し元気に。はじめからこうすれば良かった。

斜め向かいのベッドに、手術終わりの患者さんが入ってきた。その横で看護師さん達が、患者情報管理用のノートパソコンを囲んで「キーボードの"9"が壊れていてログインできない!」と騒いでいる。件のかわいい看護師さん曰く「怒ったみたいに押せば入力できますよ。なんかこう…ぐぅっと?(照)」とのこと。あざとい。かわいい。

昼食は、珍しく白米が無く、焼きそばと抹茶ババロア。ちょっと薄味ではあるけど、普通に美味しい。のりたまは活躍できず。

その後先生に呼ばれて診察室へ。消毒とガーゼ交換をしてもらい、特に問題無いのでそのまま退院できることに。5cmくらい切ったのに、動かしたり触ったりしなければほとんど痛くないから、本当に凄い。先生には感謝してもしきれない。

同居人が迎えに来てくれて、第一声が「腹減った」と「ビニール傘買ったのに雨止みやがった」でガックシ来たけれど、わざわざお迎えのために仕事を午後休にしてくれたので、こちらにも感謝。(タクシーに乗った後、ちゃんと労いの言葉を掛けてくれた。)

それから、前の日記を読んで連絡をくれた人や、手術後に朦朧とする意識の中で色とりどりのケーブルが繋がっているのが「映え」だなとか思って何の気無しに上げたインスタのストーリーにメッセージをくれた人、連絡はせずに心の中で心配してくれた思慮深いあなた。極々少数の大切な友達です。ありがとうございました。

抜糸はまだだけど、お陰様でなんとか大丈夫そうです。

来週から仕事復帰、そして異動、うう、この身体で頑張れるか……。

月曜日

明日からちょっとした手術のために入院する。

年度末で、しかも4月から異動になってしまったので、仕事をドタバタと片付ける。でも微妙に間に合わない。片付かない。ストレスで胃が荒れてゲップがたくさん出る。

入院の不安と、異動の不安と、どっちかだけでも十分なのに、ダブルパンチで困る。普段この日記は「ですます」調で書くようになんとなく決めているけど、語尾に気を配る余裕もない!

退勤後、入院期間とカードの引き落とし日が重なるかもしれないから、職場近くのコンビニATMでお金を入れる。手数料を確認したら、110円。自宅最寄駅の銀行ATMなら無料かもしれないけど、道中で忘れてしまうリスクと天秤にかけ、110円払うことにした。なのに、取引終了後、表示された手数料は330円。高すぎる!!!!嘘つき!!!!

普段なら「ハァ?」くらいで済むけど、ストレスが溜まりすぎて「ハァ?ハァハァハァハァ?ハァーーー??ハァ!!!!!!!」という気持ちになる。

クソクソクソクソと思いながら取引明細書を握り潰して電車に乗り、自宅最寄駅へ。

コロナの影響で行きつけのラーメン屋が最近潰れてしまって、こういう、「今日は散々だった」とか「明日は頑張ろう」とかいう日に何を食べたら良いのか分からない。あのラーメン屋のことを考えるだけで悲しい気持ちになる。

仕方ないので松屋でキムカル丼をテイクアウト。胃が荒れているときに食べるものではないと分かってはいる。

こういう日、独りで寝なくて良いから、同居人がいて本当に助かる。輸血で性格が変わってしまったら婚約破棄になるのか?等と妙な妄想をして、また悲しい気持ちになる。実際は輸血を必要とするような手術ではない(はず)。

ご心配なく。